資料請求 オープン
キャンパス
ネット出願

近代オリンピックに至学館の選手は何回出場しているか?

近代オリンピックに至学館の選手は何回出場しているか?

 いまから120年ほど前、ピエール・ド・クーベルタンは、「身体と心を鍛える」ことと「平和な世界」を築きたいと近代オリンピックを開催しました。4年毎のこの大きなスポーツ祭典は、前回のリオデジャネイロ大会で31回でした。しかし、そのうち、3回は戦争によって大会そのものが中止、更に日本は「敗戦国」という理由から出場できなかったり、東西冷戦の最中にあって政治的な理由から不出馬であったりということがありました。つまり、近代オリンピックが開催されたのは28回、そのうち日本が出場したのは22回(日本は第5回ストックホルム大会から参加)ということになります。
 そして、この22回のうち、至学館大学の在学生や卒業生が選手として出場している大会は、計8回です。いちばん最初に関わった大会は、在校生の児島文(円盤投)と卒業生の山本定子(槍投)が出場した1936年のベルリンオリンピックでした。この大会は、「ヒトラーのオリンピック」といわれるようなものであったり、芸術的に高評価を得ながらもナチ賛美のプロパガンダ映画とも捉えられた『オリンピア』(レニ・リーフェンシュタール監督)も残されていたり注目されるものです。『オリンピア』は『民族の祭典』と『美の祭典』の二部作ですが、『民族の祭典』では児島文が円盤を投げる映像が記録されています。近代オリンピックに至学館の選手は何回出場しているか?スポーツ史
健康科学部 健康スポーツ科学科

一覧へ